ミルトンエリクソンの逸話、催眠にかからない少女の話

こんにちわ、なかむらです、ミルトンエリクソンという療術家にはたくさんの逸話があります。

今回は子の逸話についていくつか扱ってみようと思います。

ミルトン・エリクソンの逸話、コーチングの説明の馬の話

見知らぬ馬

馬が道を踏み外すたびに「どーどー」

最終的に家についてしまった

なぜついたかわからずにみんなびっくりした・・と。

2

催眠療法の説明なのですが、コーチングについて説明されるときによく使われる例えばなしです。

登場人物と自分を重ねてイメージさせることによって相手に暗示を入れる・・といった感じだと思います。

親しみ深くて簡単にイメージできる内容なら理解もしやすいでしょう。

答えは自分が知っている、療法家は助けるだけで、気が付かせてあげれば自然に、

その人のベストな道を歩むことができるといった感じでしょうか。

解釈なので、解釈した人次第ではありますが、

雰囲気を出して意味ありげにこういうたとえ話をすることによって

何らかの暗示は入りやすくなると思います。

ミルトンエリクソンの逸話、催眠にかからない少女の話

もう一つエリクソンの逸話を取りあげます

 

1

このようにうまくいけば素晴らしい誘導なのかもしれませんが

おそらくこのまままねしても同じような結果にはならないでしょうし

どのように応用したらいいのかわからないですね。

男「私の手だけを見ることができるでしょう」

女「だから何?」

といった会話が予想されます・・。

つまり、ミルトンエリクソンには催眠術の優秀な療法家という前提があって

その優秀な催眠療法家が

「私の手だけを見ることができるでしょう」

と、良く分からないことを言っている

→「手だけを見ることができるにとどまらず、すごいことこれから起きるんだろうな!」

みたいに想像して、勝手に被験者が深い催眠にはいるとか、期待感(=集中の要因)が盛り上がるとか

っと思っております・・。

つまり前提に、相手の期待感があってその期待感を膨らませてsaraに主導権を取るようなアプローチなのだろうな・・と。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

ページ上部へ戻る